「教育改革」という名のイデオロギー
佐藤学氏の「習熟度別指導の何が問題か」(岩波ブックレット)を読んだ。
世間一般の常識では、教育の程度を高めるのは「競争」だと思われている。
小泉政権下で「バウチャー制度」なるものが話題になっていたが、これも成績の優秀な学校に優先して予算を回すという、文字通りの競争を学校に持ち込もうという方針だった。
いかにも財界人が多く集まった連中の考えそうなことだが、でも、この方策は完全な間違いだというのがこの本の趣旨だ。
むしろ教育に競争を持ち込んだこと自体が、現在の教育現場の崩壊をもたらしているのだと主張する。
まさに目からウロコの本である。
具体的には、2000年に入ってから文部科学省が推進してきた「習熟度別指導」なるものを批判しているのだが、耳慣れない言葉なので説明すると、小学生を達成度(能力別)によって3つにランク分けしていくというもの。
「基礎コース」「標準コース」「発展コース」という単語を見たら、まさにこのことを指していると考えてよい。
ようするにダメな子だけの集まったクラスを一方で作り、もう一方でエリートクラスを作るのがこの制度である。http://www.hoshino.ac.jp/9_3gaku2.html
それって当たり前じゃないか、だから競争するのだ、と思うのがフツーの日本人だと思うが、この教育制度、実は欧米では1960年代にはすでに失敗が明らかになっているのである。
冷静になって考えるとすぐに理解できると思うが、この制度を一言で表現すると、教育の目的は「選良」を作るため、というただの一点に尽きる。
世界的にこの制度が失敗したのも、このランク分けがそのまま「エリート」と「平民」と「下層民」という階層秩序と結びつき、前近代的な停滞を社会にもたらすだけだということが明らかになったからである。
では今後どうすればいいのか。
佐藤氏によれば「協同的な学び」が求められると言う。多様な子どもたちが一つのクラスのなかで、お互いを補い合うように学ぶのが理想的だという。日本の子供たちの学力が世界的に落ち込んでいるというのがニュースになっていたが、そこでいまトップにいるのが実はフィンランド。
知らなかったでしょ。
むしろ複式学級のような明らかに学力レベルの違う子供たちが同じクラスにいる方が、じつは教育の効果があがり、子供たちの全体的な成績はもちろん、優秀な子供の成績も伸びていくのだという。
日本とはまさに逆の発想なのだ。
文部科学省が「教育内容の三割削減」を断行し、「学力低下」を憂慮する批判が巻き起こり、文部科学省が「確かな学力」を打ち出すという一連の議論と改革の展開は、何をもたらしたでしょうか。今日の教育改革の特徴の一つは、危機が改革を生むのではなく、改革が危機を生むことにあります。その典型を「学力低下」問題に見ることができます。
そして何が残ったか。エリート校に通わせるための塾・予備校の繁栄である。渡部昇一という保守の評論家が「学校を塾・予備校にすれば効率でもっと教育効果があがる筈だ」とむかし論じていたことがあるが、もちろんそんな教育は東大に合格する以外の何の意味も無い。
連中は実に的確に、日本をダメにしていく。
習熟度別指導の何が問題か | |
![]() | 佐藤 学 岩波書店 2004-01 売り上げランキング : 9450 おすすめ平均 ![]() ![]() ![]() ![]() Amazonで詳しく見る by G-Tools |